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落下式の絞首刑で首が切断し体から分離。それでも「残虐でない」と思いますか? [裁判]


法務省は先月29日、東京・広島・福岡の3拘置所で3人の死刑を執行したと発表した。民主党政権での執行は2010年7月の執行に続いて1年8か月ぶり2度目である。この間、法務省は死刑制度について検討する勉強会を設置し、「国民的議論の材料としたい」として報道陣に初めて東京拘置所の刑場を公開した。そして、先月9日、この死刑勉強会の取りまとめを公表したが、死刑制度に対する賛否の意見を整理したにとどまり、国民的議論というには程遠い状況で終わっている

しかし、注目すべき裁判員裁判の判決が昨年10月31日に大阪地裁で言い渡された。この裁判では、日本で約60年ぶりに「絞首という死刑執行方法の残虐性」が正面から争点となった。しかも、一般市民たる裁判員も参加して死刑執行方法をめぐる問題が法廷で争われたのである(ただし、裁判員はこの問題に関しては、法廷に立会い、評議で意見を述べることが許されただけであり、判決における最終的な判断は裁判官だけで行われた)。

判決は、結論としては「絞首刑は憲法に違反するものではない」と述べたが、注目すべきは絞首刑に関する裁判所の事実認定である。主な内容は以下のとおりである。

①絞首刑は、多くの場合、意識喪失までに最低でも5~8秒、首の絞まり方によっては、それが2分以上かかるものであり、その間、受刑者は苦痛を感じ続ける可能性がある

②落下式の絞首刑は、場合によっては、頭部が体から切り離されたり、頸部内部組織の離断を伴ったりすることがある

③意識喪失までどれくらい時間がかかるか、どのような場合に頭部離断が生じるかなど、受刑者が死亡するまでの経緯を完全には予測し得ないという問題点がある。

しかし、判決は「死刑の執行方法が残虐と評価されるのは、それが非人間的・非人道的で、通常の人間的感情を有する者に衝撃を与える場合に限られるものというべきである」と残虐性の判断基準を示したうえで、「死刑に処せられる者は、それに値する罪を犯した者である。執行に伴う多少の精神的・肉体的苦痛は当然甘受すべきである」と述べ、落下式の絞首刑を合憲と判断した。

もし上記の①~③の事実を国民が知ったら、「通常の人間的感情」として衝撃を受けるのではなかろうか。少なくとも私は、上記の事実を初めて知り、強い衝撃を受けた。なぜなら、約60年前の裁判で提出された鑑定証拠では「体重が頸部に作用した瞬間に全く意識を失う。それ故、絞首刑は最も苦痛のない安楽な死に方であることは法医学上の常識」であるとされ、これが絞首刑のイメージとして信じ込んでいたからである。

アメリカでは死刑執行方法をめぐる憲法訴訟が数多く提起されている。死刑の執行方法が常に検証に晒され、より残虐性が低いと考えられる方法に移行したり、執行の停止が命じられたりしている。アメリカでは死刑執行に関する情報開示がすすんでいるからこそ、このような訴訟が可能になっている。これに対し、日本国民は、法律専門家も含め、絞首刑とは何なのか、よく知らないし、知ろうともしてこなかった。それなのに、国の世論調査の結果をみると、死刑制度に対する国民の意識は「存置すべきだ」が「廃止すべきだ」を圧倒している。死刑囚の収容状態、刑場の実態、執行の実態などをよく知らずして死刑存続を支持している。

裁判員裁判でも死刑判決が出ているが、上記の大阪地裁判決を見てわかるとおり、個々の裁判で死刑制度を争点にするには限界がある。裁判員の一人は判決後の記者会見で「死刑を合憲とした最高裁判例は古い。執行方法は、国会などで再考してほしい」と発言している。国会議員も上記の①~③の事実を知らない人が多いであろう。現行の絞首刑が「通常の人間的感情」に衝撃を与えるものではないか、国民の代表者で構成される国会で真剣に議論されなければならない

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コメント 1

jun0514dad

何故、全く痛みの無い死刑にしないのか分かりませんね
復讐目的で死刑制度を適用してない割には、明らかに矛盾してますね
by jun0514dad (2017-02-05 18:40) 

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